価値と付加価値

最終更新日:2021/7/19

私は、いまのいままでマーケティングやセールスでいうところの「価値」という言葉の意味が、まったく理解できませんでした。

社会人になって13年、自営業者になって5年以上が経ちますが、お商売の基本のきである商品やサービスに存在する「価値」という概念について、なにひとつ理解することができませんでした。

 

しかしつい先日、ある人との会話の中で「価値」と「付加価値」の違いと「価値」という言葉の概念について、なんとなくふんわりと分かったような気がしました。

今回はそのときに私がふんわりと理解した「価値」という概念についてのお話です。

結論

今回のお話の結論です。

価値とは、「定量化できるもの。他者と比較できるもの。高い安いと感じるもの。感情というレバレッジが利かないもの」のことです。

そして付加価値とは、「定量化できないもの。他者と比較しにくいもの。高い安いと感じにくいもの。感情によって金銭感覚がマヒするもの」のことです。

 

うん。たぶんそんな感じですね。

税込み800円くらいで買える
ハムスターくん

一部の人たちからはドン引きされることを覚悟で書いていきます。

価値というものを理解するための思考実験として、ホームセンターのペットコーナーなんかで買える「ゴールデンハムスターくん」を用意します。

 

このハムスターくん、1匹あたり800円くらいで買えます。お安いですね。

んで、もしこのハムスターくんが飼っていて3年後くらいに元気がなくなったとしたら、多くの人は動物病院に連れていくのではないかと思います。

そして、そのときの診察代金が、初診で5000円くらいしたとします。

 

ここからが問題です。

私は友人に上の前提を聞いてもらったあと、次のような質問をしました。

「ハムスターは1匹800円で買える。そして診察代金はハムスター6匹分以上のお値段。この5000円という診察料金がハムスターの命6匹分以上の価値がある妥当な料金設定だと納得できるような説明を自分に聞かせてほしい。お願いできますか?」

 

すると、その友人は少し考えたあとに、こう答えてくれました。

友人の回答

「私は昔ハムスターを飼っていたことがあるが、病院の診察代金がハムスター6匹分以上の価値があるのかはよく分からない。

ただ、そういうことを言いだすと、拾ってきた野良の犬や猫なんかはどうなるのだろうか。

 

野良の猫や犬を手に入れるのにかかった金額はゼロだ。

ではその子たちが、飼いだしてから数年後に体調が悪くなって動物病院に連れて行ったとして、そのときの料金が1000円だったとして、その金額をペットの命の価値に対して高すぎると思うのだろうか。

 

私としては、そこらへんにたまたま居ただけの初めて見る野良犬の治療費に5000円を払おうとはまったく思わない。

でも、3年以上同じ屋根の下で生活してきたもう家族同然の存在のワン吉が病気で苦しんでいるのであれば、その問題を解決するために治療費として5000円を払うというのは、まったく高いとは感じないように思う。」

 

みたいな感じのことを、友人は私に話してくれました。

この回答、個人的にはすごく「なるほど」と思えました。なので、追加で次のように質問してみました。

 

「なるほど。つまりそれは、ハムスターという命というか存在そのものに800円の価値があるかどうかは分からない。そして病院の診察という行為自体に5000円の価値があるのかどうかも分からない。

でも、長年いっしょに生活してきた家族の一員であるハム吉くんという存在に対しての付加価値には800円以上の価値はあるし、そのハム吉くんとこれからも一緒に生活するという付加価値を実現するための診察行為には5000円以上の価値を感じることはできる、ということ?」

 

すると友人は、「まあ、そんな感じなのかもしれないねえ。」的な回答をしてくれました。

価値と付加価値の違い

この問答から、私は商品やサービスの「価値」や「付加価値」という今までは意味不明だった概念を、少しだけ理解できたような気になりました。

「価値」は定量化できるけれども、「付加価値」は定量化することが難しいもの、というふうに言えるのかもしれません。

 

おそらくですが、価値とは「感情移入をせずに冷徹に判断できる金額」というようなことなのだと思います。

価値の判断基準には、感情という色眼鏡はおそらくかかりません。

なので、スマホから価格.comなどで検索をして、冷静に「あっ、Amazonのほうが50円安いや。じゃあAmazonで買お。」みたいに他者と比べられて、経済学的な合理性にのっとって購買の判断をされてしまう可能性が高いように思います。

 

それに対して付加価値というのは、おそらく「なんらかの強い感情によって金銭感覚がマヒしてしまい、冷徹に他者と比較することができないような状態を生みだすもの」というようなことなのだと思います。

たとえば、私はグラタンが好きです。

でも、高級レストランの2000円以上する絶品グラタンにはまったく興味がありません。

 

しかし惚れている異性のかわいいさんが手作りしてくれたなかなか美味しいグラタンには、金額的には5000円はゆうに超えるであろう大きな価値をひしひしと感じます。

つまりまあ、そういうことなのだろうと思います。

価値で金額を
決めるべきではない?

ここまでのように考えてみると、なんとなくですが、商品やサービスの価値と金額の関係性が理解できるような気がします。

こういう言い方をするとアレですが、私は整体という商品に4000円以上の価値があるとは、正直なところあまり思っていません。

 

でも、自分の施術をだれかに買ってもらうとしたら、少なくとも2999円以下の価格では絶対に売りたくありません。

なぜかというと、こちらが提供する諸々のリソースと得られる金額がぜんぜんマッチしていないと感じるからです。

 

じゃあ私がほかの施術者の整体やマッサージを3000円で買うのかというと、これはもう明確に買う気はありません。

1000円以下ならもしかしたら買うかもしれない、という程度です。

 

なにが言いたいのかというと、私は、「商品やサービスの価格は『価値』という概念を基準にして決めるべきではないんじゃないのか?」というようなことを言いたいわけです。

価値は、あってないようなものです。

価値はインターネットで他者と容易に比較されてしまいます。

 

でも付加価値は違います。

付加価値による金額は、はっきりいって青天井だと思います。

私が鼻をかんだチリ紙を1円で買う人はこの世に1人もいないと思いますが、深田恭子さんが鼻をかんだチリ紙を1万円で買いたいという男性は、「世の中に10人以上はいるんじゃないかな?」と、私は勝手にイメージしています。

 

なので、「この商品にこの値段分の価値があるのだろうか?」と考えるのはやめたほうがいいように思います。

たぶんですが、その金額分の価値はないです。

付加価値 >>> 価値

おそらくですが、私の施術に4000円分の価値はありません。

そしてあなたがあつかっている商品やサービスにも、おそらく販売価格分の価値はないと思います。

 

ただ、私の施術を含む世の中のほぼすべての商品やサービスには、今の販売価格以上の付加価値があるのだとも思います。

その付加価値を作りだす(捏造する?)のがうまい人が、腕のいいマーケターやセールスマンや、あとは詐欺師と呼ばれるような人たちなのだと思います。

 

そしてその付加価値が具体的に何なのかを調べる作業が、アンケートなどのリサーチということなのでしょうね。たぶん。

 

私はもう「がんばれば他人を理解することができる」という価値観を捨ててしまったのであきらめていますが、相手がもっている具体的な付加価値を言語化して手に入れたい人は、がんばってお客さんや上司や部下や奥さんや旦那さんや彼女さんや彼氏さんやお子さんやお母さんやお父さんのリサーチをしたほうがいいのかもしれませんね。

 

付加価値による価格の引き上げは、たぶん青天井ですからね。

うはうはですよ。うはうは。

今回のお話のまとめ

それでは最後に、今回のお話の内容をまとめさせていただきます。

  • 感情の入らない金額が価値。
  • 他者と比較できるのが価値。
  • なんらかの強い感情によって金銭感覚がマヒしてしまうのが付加価値。
  • 他者と比較しにくいのが付加価値。
  • 付加価値 >>> 価値
  • 相手を理解できない人間に付加価値など分かるはずがない。

以上です。

最後までお読みいただきありがとうございました。

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